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年齢
-9歳
10代
20代
30代
40代
50代
60代
70代
80代
90代
100歳-
性別
男性
女性
身長
-140cm
140-150cm
150-160cm
160-170cm
170-180cm
180-190cm
190-200cm
200cm-
体重
-40kg
40-50kg
50-60kg
60-70kg
70-80kg
80-90kg
90-100kg
100-120kg
120-140kg
140-160kg
160kg-
血液型
A型
B型
O型
AB型
経誉
(故人)
蟹座
経誉(きょうよ、康正元年(1455年) - 永正9年5月6日(1512年6月29日))は、室町時代後期から戦国時代前期にかけての浄土真宗の僧。佛光寺(真宗佛光寺派)第14世。号は乗蓮社、諡号は勧喜心院。佛光寺12世性善の次男で母は西園寺実種の娘、経豪(蓮教)の弟。二条持通の猶子。
顕悟
顕悟(けんご)は、戦国時代の浄土真宗の僧侶。河内願得寺2世住持。本願寺8世蓮如の子にして、河内願得寺初代・実悟の第2子(長男)として生まれる。通称を父と同じく中将といった。兄弟には姉に梅原玄員の室、弟に寿鳳(禅僧)がいる。
顕幸
(故人)
山羊座
顕幸(けんこう、天文24年(1555年)- 慶長9年7月28日(1604年8月23日))は、戦国時代の僧。越中勝興寺の住持である。父は顕栄、母は細川晴元の娘。妻は朝倉義景の娘。
顕尊
(故人)
魚座
顕尊(けんそん、永禄7年1月22日(1564年3月5日) - 慶長4年3月3日(1599年3月29日))は、戦国時代から安土桃山時代にかけての浄土真宗の僧。興正寺第17世門主。諱は佐超。本願寺第11世門主顕如の次男。母は三条公頼の三女の如春尼。兄に教如、弟に准如。
光教
(故人)
双子座
光教(こうきょう、永享2年(1430年) - 文亀3年5月6日(1503年6月10日))は、室町時代後期から戦国時代前期にかけての浄土真宗の僧。佛光寺(真宗佛光寺派)第13世。号は敬興院、諡号は無量寿院。佛光寺11世性曇の4男で性善の弟、二条持基の猶子。
実恵 (浄土真宗)
(故人)
双子座
実恵(じつえ・實慧、明応5年(1496年)- 天文5年5月4日(1536年5月23日)は、戦国時代の浄土真宗の僧侶。願証寺2世。諱を兼幸。幼名を光智。通称を右衛門督。蓮淳の次男。母は滋野井教国の娘・妙蓮。実淳(顕証寺住持)の弟。正室は勝恵の娘・藤向。
実玄
(故人)
牡牛座
実玄(じつげん、文明14年(1486年)- 天文14年3月15日(1545年5月5日))は、戦国時代の浄土真宗の僧である。勝興寺住持。光教寺住持蓮誓の次男で、蓮能の弟、顕誓の兄。幼名は光菊、諱は兼芸。妻は願証寺、顕証寺住持蓮淳の娘。子に実照室、証玄、玄宗、顕栄。
実賢
(故人)
乙女座
実賢(じっけん、延徳2年(1490年)- 大永3年8月3日(1523年9月12日)は、室町時代後期から戦国時代にかけての浄土真宗の僧。堅田称徳寺(慈敬寺)住持。本願寺第8世法主蓮如の9男。母は畠山政栄の娘蓮能。妻は蓮誓の娘妙慶。子に実誓。諱は兼照。宰相。
実顕
(故人)
獅子座
実顕(じっけん、長享2年(1488年) - 天文11年6月29日(1542年8月20日)は、戦国時代の浄土真宗の僧である。越前超勝寺第5世住持。父は第4世住持蓮超、母は本蓮寺住持蓮覚の娘妙意。妻は願証寺、顕証寺住持蓮淳の娘。子に実照、顕祐、実慶室。
実悟
(故人)
山羊座
実悟(じつご、明応元年(1492年)- 天正11年11月25日(1584年1月17日)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての浄土真宗の僧である。河内願得寺住持。本願寺第8世法主蓮如の10男。母は畠山政栄の娘蓮能。子に顕悟、玄員室。幼名は光童丸、諱は兼了。
実孝
(故人)
水瓶座
実孝(じっこう、明応4年(1495年)- 天文22年1月26日(1553年2月8日)は戦国時代の浄土真宗の僧。本善寺住持。本願寺第8世法主蓮如の12男。母は畠山政栄の娘蓮能。妻は蓮芸の娘妙宗(南向)。子に証祐、証珍室。諱は兼成、のち兼継。侍従。
実従
(故人)
蟹座
実従(じつじゅう、明応7年(1498年)- 永禄7年6月1日(1564年7月9日))は、戦国時代の浄土真宗の僧。順興寺住持。本願寺第8世法主蓮如の13男。母は畠山政栄の娘蓮能。妻は実順の娘妙意。子に証従、証珍、顕従。諱は兼知、のち兼智。左衛門督。
実順
(故人)
牡牛座
実順(じつじゅん、明応3年(1494年)- 永正15年3月11日(1518年4月20日)は戦国時代の浄土真宗の僧。西証寺住持。本願寺第8世法主蓮如の11男。母は畠山政栄の娘蓮能。妻は蓮淳の娘妙祐。子に実真、実従室。諱は兼性。右衛門督。
実如
実如(じつにょ、實如)は、室町時代中期から戦国時代にかけての浄土真宗の僧。浄土真宗本願寺派第9世宗主・真宗大谷派第9代門首。山科本願寺住職。諱は光兼。院号は教恩院。法印権大僧都。父は第8世蓮如。日野勝光の猶子。母は蓮祐尼。子は照如、円如。孫は第10世証如。
下間真頼
下間 真頼(しもつま しんらい)は、戦国時代の武将で、本願寺の坊官。父は下間頼慶、兄に光頼、弟に融慶。子に頼龍。母が円如の乳母であった事から、兄と共に本願寺内で大きな発言力があった。証如の時代に奏者に任じられて上野介を名乗った。
下間頼慶
下間 頼慶(しもつま らいけい)は、戦国時代の武将で、本願寺の坊官。下間頼善の次男で頼玄の弟。光頼、真頼、融慶の父。通称は源四郎、左衛門大夫、上野介。法名は蓮秀。後に法眼に任ぜられた。
下間頼秀
下間 頼秀(しもつま らいしゅう)は、戦国時代の武将で、本願寺の坊官。下間頼玄の長男で母は三上越前守の娘。頼盛の兄。幼名は松千代、通称は筑前守、法名は実恵、実英。
下間頼純
下間 頼純(しもつま らいじゅん)は、戦国時代から安土桃山時代の武将、本願寺の坊官。下間頼資の長男で頼賑の兄。通称は侍従、法名は正善。
下間頼照
(故人)
山羊座
下間 頼照(しもつま らいしょう、永正13年(1516年) - 天正3年(1575年))は、日本の戦国時代の武将。官位が筑後守であったことから、通称は筑後法橋という。
下間頼盛
下間 頼盛(しもつま らいせい)は、戦国時代の武将で、本願寺の坊官。下間頼玄の5男で母は三上越前守の娘。頼秀の弟。幼名は松菊丸、通称は源七、民部少輔、備中守、法名は心了。
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