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年齢
-9歳
10代
20代
30代
40代
50代
60代
70代
80代
90代
100歳-
性別
男性
女性
身長
-140cm
140-150cm
150-160cm
160-170cm
170-180cm
180-190cm
190-200cm
200cm-
体重
-40kg
40-50kg
50-60kg
60-70kg
70-80kg
80-90kg
90-100kg
100-120kg
120-140kg
140-160kg
160kg-
血液型
A型
B型
O型
AB型
木辺孝慈
(故人)
山羊座
木邊 孝慈(きべ こうじ、1881年(明治14年)4月11日 - 1969年(昭和44年)1月23日)は、真宗木辺派の僧侶。男爵。西本願寺21世法主 明如(大谷光尊)の次男、22世法主 鏡如(大谷光瑞)の弟。
巧如
巧如(ぎょうにょ)は、南北朝時代から室町時代の浄土真宗の僧。浄土真宗本願寺派第6世宗主・真宗大谷派第6代門首。大谷本願寺住職。諱は玄康。法印権大僧都。父は第5世綽如。日野資康の猶子。第7世存如は長男。子に空覚(光崇)、見秀尼、如乗(宣祐)、万徳院長命。
教如
教如(きょうにょ、敎如)は、安土桃山時代から江戸時代にかけての浄土真宗の僧、茶人。真宗大谷派第12代門主(法主・宗主)。東本願寺住職。諱は光寿。院号は信淨院。法印大僧正。父は第11世法主顕如、母は如春尼(三条公頼の娘・細川晴元の養女)。
顕悟
顕悟(けんご)は、戦国時代の浄土真宗の僧侶。河内願得寺2世住持。本願寺8世蓮如の子にして、河内願得寺初代・実悟の第2子(長男)として生まれる。通称を父と同じく中将といった。兄弟には姉に梅原玄員の室、弟に寿鳳(禅僧)がいる。
顕尊
(故人)
魚座
顕尊(けんそん、永禄7年1月22日(1564年3月5日) - 慶長4年3月3日(1599年3月29日))は、戦国時代から安土桃山時代にかけての浄土真宗の僧。興正寺第17世門主。諱は佐超。本願寺第11世門主顕如の次男。母は三条公頼の三女の如春尼。兄に教如、弟に准如。
広如
広如(こうにょ)は、幕末の浄土真宗の僧。浄土真宗本願寺派第20世宗主。西本願寺住職。諱は光沢。院号は信法院。法印大僧正。養父は第19世本如。実父は第18世文如の三男文淳。母は顕証寺闡教(文如の弟)の娘。室は九条尚忠の養女・祥子(鷹司政煕息女、光輝院如順)。第21世明如(大谷光尊)は五男。
実恵 (浄土真宗)
(故人)
双子座
実恵(じつえ・實慧、明応5年(1496年)- 天文5年5月4日(1536年5月23日)は、戦国時代の浄土真宗の僧侶。願証寺2世。諱を兼幸。幼名を光智。通称を右衛門督。蓮淳の次男。母は滋野井教国の娘・妙蓮。実淳(顕証寺住持)の弟。正室は勝恵の娘・藤向。
実玄
(故人)
牡牛座
実玄(じつげん、文明18年(1486年)- 天文14年3月15日(1545年5月5日))は、戦国時代の浄土真宗の僧である。勝興寺住持。光教寺住持蓮誓の次男で、蓮能の弟、顕誓の兄。幼名は光菊、諱は兼芸。妻は願証寺、顕証寺住持蓮淳の娘。子に実照室、証玄、玄宗、顕栄。
実賢
(故人)
乙女座
実賢(じっけん、延徳2年(1490年)- 大永3年8月3日(1523年9月12日)は、室町時代後期から戦国時代にかけての浄土真宗の僧。堅田称徳寺(慈敬寺)住持。本願寺第8世法主蓮如の9男。母は畠山政栄の娘蓮能。妻は蓮誓の娘妙慶。子に実誓。諱は兼照。宰相。
実悟
(故人)
山羊座
実悟(じつご、明応元年(1492年)- 天正11年11月25日(1584年1月17日)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての浄土真宗の僧である。河内願得寺住持。本願寺第8世法主蓮如の10男。母は畠山政栄の娘蓮能。子に顕悟、玄員室。幼名は光童丸、諱は兼了。
実孝
(故人)
水瓶座
実孝(じっこう、明応4年(1495年)- 天文22年1月26日(1553年2月8日)は戦国時代の浄土真宗の僧。本善寺住持。本願寺第8世法主蓮如の12男。母は畠山政栄の娘蓮能。妻は蓮芸の娘妙宗(南向)。子に証祐、証珍室。諱は兼成、のち兼継。侍従。
実従
(故人)
蟹座
実従(じつじゅう、明応7年(1498年)- 永禄7年6月1日(1564年7月9日))は、戦国時代の浄土真宗の僧。順興寺住持。本願寺第8世法主蓮如の13男。母は畠山政栄の娘蓮能。妻は実順の娘妙意。子に証従、証珍、顕従。諱は兼知、のち兼智。左衛門督。
実順
(故人)
牡牛座
実順(じつじゅん、明応3年(1494年)- 永正15年3月11日(1518年4月20日)は戦国時代の浄土真宗の僧。西証寺住持。本願寺第8世法主蓮如の11男。母は畠山政栄の娘蓮能。妻は蓮淳の娘妙祐。子に実真、実従室。諱は兼性。右衛門督。
実如
実如(じつにょ、實如)は、室町時代中期から戦国時代にかけての浄土真宗の僧。浄土真宗本願寺派第9世宗主・真宗大谷派第9代門首。山科本願寺住職。諱は光兼。院号は教恩院。法印権大僧都。父は第8世蓮如。日野勝光の猶子。母は蓮祐尼。子は照如、円如。孫は第10世証如。
寂如
寂如(じゃくにょ)は、江戸時代前期の浄土真宗の僧。浄土真宗本願寺派第14世宗主。西本願寺住職。諱は光常。院号は信解院。法印大僧正。父は第13世良如。九条兼晴の猶子。母は近江国三井の人(揚徳院寂照)。室は鷹司信房の娘(貞淑院如瑞)。第16世湛如は10男。
従覚
従覚(じゅうかく)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての浄土真宗の僧。諱は慈俊。父は浄土真宗本願寺派第3世宗主・真宗大谷派第3代門首・大谷本願寺住職・留守職の覚如。兄は真宗木辺派第4代法主存覚。日野俊光の猶子。妻は梅。子は本願寺第4世善如。
住如
住如(じゅうにょ)は、江戸時代中期の浄土真宗の僧。浄土真宗本願寺派第15世宗主。西本願寺住職。諱は光澄。院号は信順院。法印大僧正。父は左大臣九条兼晴。養父は第14世寂如。母は左大臣九条道房の子・待姫。室は寂如の娘・瑞光院如浄。第16世湛如(寂如の子)は養子。
従如
従如(じゅうにょ、從如)は、江戸時代中期の浄土真宗の僧。東本願寺第十八代法主 。東本願寺第十六代 一如の孫。
准尊
(故人)
射手座
准尊(じゅんそん、天正13年10月7日(1585年11月28日) - 元和8年4月24日(1622年6月3日))は、日本の僧。真宗興正派興正寺第十八世門主。諱は昭玄。十七世顕尊の子で本願寺第十一世門主顕如の孫にあたる。母は冷泉為益の娘・祐心尼。
准如
准如(じゅんにょ)は、安土桃山時代から江戸時代の浄土真宗の僧。浄土真宗本願寺派第12世宗主(法主・門主)。西本願寺住職。諱は光昭。院号は理光院、諡は信光院。法印大僧正。父は第11世門主顕如、母は如春尼(三条公頼の娘・細川晴元の養女)。
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